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今宵、神楽坂で

第九号(2020年12月)

I君とロックとジャック・ダニエル

2020年12月07日 17:01 by kneisan2011

私が飲み屋さんを開いたらしい、という噂は昔の仲間たちに風の便りで広がっていったのだが、大学時代のサークル後輩のI君(私の妻にとっては先輩)の耳に入ったのはどういう経緯であったかは分からない。I君がランチタイムにひょっこり現れたのは店を開いて2週間ほどしたころのことだった。カウンターの中の妻と私は馴れない調子で「いらっしゃいませ」と言った。するとI君は驚きを隠さず「ほんとうだったんだ」と瞠目し、「いやあ、手の込んだ冗談かと思ってましたよ」と顔を紅潮させた。なんか悪いことしたかな、と私は思った。

「おいしかったです。ご馳走様でした。」と言って勘定を済ませ彼は帰っていった。一本気な男で、筋を通す男で、ちょっと任侠気質もあるI君。大学時代から彼はなぜか私を慕ってくれていた。どうしてだろう?(私は普通にその辺にいるような無個性な人間なのに) I君は矢沢永吉が大好きで、それは彼にとっての神で、もちろんあのYAZAWAの大きなタオルも持っているわけで、コンサートにはなんとしてでも行くし、新橋の矢沢の曲だけをかけるBARの常連だし(その店はもう無い)、矢沢しばりのカラオケでは〝同志〟たちに歌い負けたと、たいそう悔しがったりしていた。

 

 

I君は同じ日の夜に、今度は「浦霞」の大吟醸の一升瓶を二本吊るして現れた。「あ、ありがとう」と私は酒を受け取った。そして彼は柄になくはにかみながらバックから文庫本を2冊取り出すと「これを店の棚に差し込んでくれたら嬉しいです」と言った。それは矢沢永吉の赤裸々な生きざまをぶち込んだ自叙伝『成りあがり』と『アー・ユー・ハッピー?』だった。最後の方に「俺はやったよ、おまえはどうする?」と挑発的に吠えていた。この魂がロックなのか、と思った。私はI君から寄贈してもらった2冊を店の「生き方、ライフスタイル」のコーナーに差した。

I君が飲む酒はジャック・ダニエルと決まっていた。ジャックをダブルでと注文し、作ってだすと瞬間で飲んでしまうのだった。「味わってないよね。そんな飲み方はよくないよ、身体にも毒だぞ」と言うのだけど、2杯、3杯と同じペースで飲むので諦めた。彼はジャックを体に入れているんだな、と思った。ジャックはロックなのだ。

ある日、うちの向かいのロック・バーの常連の女性がやってきて、ジャック・ダニエルをロックでと注文した。話してみると彼女は正真正銘のロッカーだった。バンドでギタボ(ギター&ボーカル)をしているとのこと。飲みっぷりがよかった。そんなこんながありジャック・ダニエルというウィスキーはロックな人生を標榜する人たちが好んで飲むバーボン・ウィスキー(正式にはテネシー・ウィスキーという)なのだということを識った。飲み屋のオヤジをしていると教えられることが多い。

 

 

ということでジャック・ダニエルの話を。①原料のトウモロコシを51%以上使っている。②アルコール度数は40度以上。③内側を焦がしたオークの新樽で熟成させている。④米国で作られている。以上の要件を満たしているバーボン・ウィスキーの一つがジャック・ダニエルだ。細かいことを言うとアメリカではコーン・ウィスキーというカテゴリーが別にある。確かにジャックはバーボン・ウィスキーなのだけど、断固として自らをテネシー・ウィスキーだという。「米国テネシー州で作られている」「サトウカエデの木で作った炭で濾過をする」がテネシー・ウィスキーを名乗れる条件になっている。だけど、ジャックが頑なに「俺のことをバーボン・ウィスキーと呼ばないでくれ」と言うのにはわけがある。それは正にロックな理由が。

バーボン(Bourbon)という名前はフランスの「ブルボン朝」(ルイ〇〇世の時代)に由来する。アメリカ独立戦争のとき、アメリカ側に味方してくれたことに感謝して後の大統領がケンタッキー州の郡の一つをバーボン州と名付けた(※)。そしてそこを主産地とするウィスキーをバーボン・ウィスキーと呼ぶようになったのだ。一方ジャック・ダニエルはケンタッキー(Kentucky)州の南のテネシー(Tennessee)州で作られる。ジャック・ダニエルの生みの親、ジャスパー・ニュートン・“ジャック”・ダニエル氏はケンタッキー州のウィスキーがバーボンと名付けられたことに大いに違和感を抱いた。「なんで?アメリカ産のウィスキーなのにどうしてブルボンなわけ? 俺たちアメリカ人は自分らの作るウィスキーに誇りを持とうぜ。俺の作るトウモロコシのウィスキーはバーボンだなんて言わせないぜ。そうさ、テネシー・ウィスキーさ。」と吠えたかどうかは知らないけど多分そんなところだろう。

ローリング・ストーンズのミック・ジャガーやキース・リチャードがジャックを好んで飲み、ストーンズ・ファンはこぞって彼らに倣った。いよいよジャックはロックン・ローラーが飲む酒というイメージが広がっていく。レッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジもジャックを飲んだ。楽屋でラッパ飲みする写真は有名だ。ちょっとやんちゃで反抗的でエッジの立っている輩が根性を入れるときに飲む酒。

 

 

ジャック・ダニエルが作られるテネシー州は音楽のふるさとである。ミシシッピ川に面するメンフィスは同州最大の都市。ブルース誕生の地、ロックン・ロール発祥の地ともいわれる。一方州都ナッシュビルは音楽業界の中心地で「ミュージック・シティ」といわれる。カントリー・ミュージックはこの街を象徴する存在だ。ナッシュビル市の中心地には「カントリー・ミュージック殿堂博物館」があり、エレヴィス・プレスリーの足跡が溢れるほど展示されている。ジャック・ダニエルは俺たちアメリカの酒。そしてテネシーは音楽の聖地。世界中のロッカーたちはジャックを飲む。

今ロックは音楽人だけの専売ではない。ロックは生き方である。恐れず、自分の選んだ道をとことん生き抜く。ブレない。「で、YAZAWAは普段何を飲んでいるのかね?」とI君にあらためて聞いてみた。「さあ、何でしょうね? 焼酎かもしれないですねえ」と彼は言った。「プレ・モルかもね」と私も答えたけど、ジャックをクイッと体に入れていて欲しいな、と思うのだった。I君、この先もロックに生きろ。私もなるべく君を見習うよ。

 

※)ウイキペディアを参照してしまいました。

 

Book  Bar 余白  根井浩一

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