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今宵、神楽坂で

第二十三号(2021年07月)

三蔵法師の旅 ~平成西遊記~ ⑬ (最終回)

2021年07月27日 19:40 by morrly
2021年07月27日 19:40 by morrly

「いざ、ガンダーラへ!」

「こいつ、動くぞ!」

などと言って出発したが、我々二人とも今ロバ車を運転するのが生まれて初めてである。新たな旅立ちへの喜び以上にこれからの旅にかなり大きな不安を抱えていたのは事実であった。こちらの不安とは裏腹にロバは何事もないかのような表情でポコポコと進んでいく。激しいスピード感もなくゆっくりと景色が流れていく。人が歩くよりちょっと速い程度であろうか。暫くしてトルファンの街を抜けると地平線まで続く草原が広がってくる。その中に続く一本道を照りつける日の光を浴びながらポコポコポコポコ進んでいくのだ。

 

 

 

 この時既に私は気が狂いそうになっていた。先への不安に駆られているせいもあっただろう。街の中ではまだ通り過ぎる人や家々が、ゆっくりだが確かに後ろへと流れていった。しかし街を抜けてからは視界が一気に開け、目印となるものは遥か遠くの山々などであり一向に景色が変わらない。自転車であれば自分の脚で進んでいる感があるのだが、ロバ車に乗っているだけなのでそれすら得ることが出来ない。更に相方の宮代が運転している間はロバ車の荷台に寝そべり強烈な日差しを全身で受け止めながら、草原の中ただポコポコポコポコ揺られているだけなのだ。

 

 

 適当なところでロバ車を止めて休憩をする。ロバの顔を覗くと焦燥感に駆られている我々に「これが自動車や飛行機が誕生する前まで続いてきた時の流れなのだよ。」とでも諭すような涼しい顔をしていた。ロバの大局観に感心したものの、「今はもう20世紀なんだよ。」と腹が立ったのは言うまでもない。

 

 

 数日後、トルファン盆地の端に近づいてくる。いよいよここから標高差2000mにも及ぶ盆地脱出に取り掛かるのだ。平地でさえ一日30km程度しか進まないところをひたすら登りになったら一体一日どれくらい進めるのだろうか。全く想像もつかないが、行くしかないので山岳地帯に突入していった。案の定、暫くしてロバは動くのを止めた。仕方ないので二人ともロバ車から降り、一人は手綱を牽き、もう一人は後ろから車を押す。山間の道を0時まで上り続けたが、結局山間から抜け出せず道脇の平らな場所でテントも張らず疲れ果て横になった。

 

 

 朝方6時頃、眠りの中、何やら足音が近づいたり遠くなったりするのを聞いて私は目を覚ました。よく見るとロバの手綱が外れていたのだ。「宮代!」と叩き起こし、二人でロバを囲む。じりじりと間合いを詰めていく。「それっ!」と捕まえようとした瞬間、ロバは猛ダッシュで道を上っていった。脱走だ。すぐに宮代が「俺が追うから餌を作っておいてくれ。」と言ってロバを追いかけていった。山間の道はくねくねしているのですぐに一匹と一人は崖の奥に消えていった。私は、「これでこの旅は終了なのか。。。こんな人里離れたところからどうやって帰ろうか。」などと考えながら一人で餌を作っていた。30分後ぐらいだろうか。私は餌を作り終え荷物の上に腰を掛けタバコを吸っていると、何やら声が遠くから山間に響き渡って聞こえてきた。

 「さーかーぐーちー。つーかーまーえーたー。」

正に宮代の日本語だった。海外で日本語をこんな形で聞くこともないななどと思いつつ、胸を撫で下ろした。暫くして宮代がロバの首をロックしながら道を下ってきた。私はすぐさま餌の入ったバケツをロバの顔の前に出す。何事もなかったかのようにロバはただ餌を食べる。今の内にと手綱をロバに付け事なきを得たのだった。宮代の話では、追いかけると道を上がって逃げていくので、カーブのところで谷を渡ってショートカットし上から降りて行ったら難なく捕まったということであった。何故下って逃げなかったかは謎である。一回上って進んでしまったら戻れないのか、はたまた上がっている内に逃げていることを忘れてしまったのか。分かったことは、ロバには餌を十分にやらないと駄目だということである。その日の20時頃に何とか峠に到着し盆地を無事脱出。この時すでにロバが痩せてきたような気がしていた。

 

 

 話が前後になるが、出発前にこのロバには名前を付けていた。トルファンの砂療所でロバの世話をしていると周りからやたら「モーリー」という言葉を耳にした。なかなかいい響きだね、ということでそのまま「モーリー」と名付けることにしたのだが、よくよく調べてみたら「毛驢(ロバ)」という中国語で、発音を日本語で表すと「まうぉるぃー」ということだった。つまりロバに「ロバ」と名付けていたのだった。

 

 

 数日後、珍しくロバを数頭飼っている旅社に昼過ぎに辿り着いた。この頃になると焦りもなく先を急がなくなっていたので、少し進んでは泊まれるところで泊まるようにしていた。私が部屋でのんびり寛いでいると、突然外から「さかぐちー」と宮代の大声が聞こえてきた。私は何事かと窓の外を見ると、宮代がまるで水上スキーでもしているかのように手綱を両手で持ち、両足から砂埃を上げて猛烈な勢いでモーリーに引っ張られていた。モーリーの先には雌ロバが逃げ回っている。宮代が大きくカーブを描いたところで手綱が切れた。宮代は遠心力で吹っ飛び、ロバ二匹は更にスピードを上げて走っていく。私は呆気に取られて見ている。ロバの姿は砂煙を上げながらみるみる小さくなっていき、遂には地平線に消えていった。

「まじかよ。。。」

私はモーリーが消えていった地平線を眺めながら呟いた。またもこの旅は終了か、と思った矢先、此方に向かって二匹が帰ってくるではないか。流石に飼われているロバだ。家はわかっているのだろう。ロバの姿はみるみる大きくなり、あっという間に元の場所へと帰ってきた。勢いそのままモーリーが雌ロバを袋小路に追い詰める。が、一瞬モーリーが怯んだ隙に雌ロバは逃げていった。それ以上モーリーは追わなかった。よく見ると額から一筋の赤い血を流していた。後ろ蹴りを喰らったのだろう。何にせよ雌ロバの頭がよくて本当に良かった。

 

 これでまた西へ進める。我々の旅はまだまだ始まったばかりだ。数多の艱難辛苦が待ち受けているだろう。だが我々は行かねばならない。三蔵法師の謎を解き明かす為に。

 

 

※最後までお読みいただきありがとうございました。続きは『茶柱探検隊』で書く予定です。

 

bar Morrlü 坂口篤史

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