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今宵、神楽坂で

第八号(2020年11月)

ティオ・ペペといえば‥‥。

2020年11月25日 01:27 by kneisan2011

松田優作が40歳という若さでこの世を去ってからこの11月で31年になる。そうなのか、そんなに時が流れたのか。私の店にくるアラサーのお客さんは松田龍平、翔太兄弟は知っていても、その父である松田優作のリアルを知らない。松田優作の活躍やカリスマ性の凄さを知らない。それはヤバいくらい凄かった。

日本を代表する刑事ドラマ『太陽にほえろ』(1972年~1986年)は当時常に20%の視聴率を叩き出す日テレの看板番組だった。警視庁七曲署の捜査第一課第一係。石原裕次郎演じるボスこと藤堂係長(あの貫禄で係長だったのか!)を中心に、キャラの立った刑事たちが事件解決に走りまわり(本当によく走っていた)、ときに熱き人間ドラマであった。そして第一係の若い刑事たちは次々に殉職していった。すると翌週には新人が加入し物語は続いていく。最初の若き刑事・マカロニ(萩原健一)の後任に白羽の矢が立ったのが松田優作だった。優作当時22歳。無名の新人だった。彼の役中のニックネームはジーパン。私はそのころ中学生で、毎週金曜日8時を楽しみにしていたものだ。ジーパンは背がべらぼうに高くて指が長かった。冷静だったり熱くなったりする喋り方や、その声、アクション、全てに痺れた。しかしそのジーパンも凶弾に倒れ死んでしまう日がやってくる。調べてみるとジーパンの登場は1973年第53話「ジーパン刑事登場!」から1974年の第111話「ジーパン、シンコ、その愛と死」とある。だからジーパン刑事松田優作が『太陽にほえろ!』でブラウン管に登場していたのは1年1か月だった。案外短かかった。

 

 

その松田優作はティオ・ペペを愛飲していた。22歳でテレビデビューしたときからそうだったのかは知らない。中学生の私がティオ・ペペ? シェリー酒?と聞いたところでピンとくるわけもない。自分も大人になり、彼が好んだ酒はティオ・ペペだということを何かの記事で知った。それで翌日から冷蔵庫にティオ・ペペを常備するようになった。ミーハーだったんだな、と思う。天気のいい週末にベランダに出て飲んだものだ。酸っぱいなあ、自分はこの酒が本当に好きなんだろうか?と思った。酒の味わい方についてまるで無知な20代だったのである。週末に冷えたティオ・ペペをベランダで飲む習慣は半年間ほどで終了し、ティオ・ペペってなんか酸っぱくて強い白ワインというイメージだけを残して脳内にお蔵入り。ちなみに吉田茂の長男で作家・文芸評論家の吉田健一もティオ・ペペをこよなく愛した人物だ。「これは辛口の上等な日本酒を葡萄で造ったような酒だ。」という言葉を残している。

 

あれから30年後、私は飲み屋の主人になった。ある日、店にシェリー好きのKさんが現れ、シェリーの歴史、深み、美味さについていろいろ教えてくれた。シェリーという呼称は英語読みで、生産地スペインではヘレス(JEREZ)と呼ぶこと。それはスペインのアンダルシア地方ヘレスとその周辺で造られる白ワインであること。ポートワインやマディラワインと並ぶ世界3大酒精強化ワイン(※1)に分類されること。シェリーに用いられるのは主にパロミノ種という白葡萄であること。その他にペドロ・ヒメネス種という白葡萄があり、収穫後天日干しされ甘いシェリーになる。スコッチ・ウイスキーの熟成には歴史的にシェリー樽が用いられてきたことなどなど。松田優作や吉田健一のほかにも勝新太郎、石原裕次郎がティオ・ペペ好きで有名だった。だからシェリーというとティオ・ペペに代表されるフィノ・タイプ(※2)のドライ・シェリーに注目がいってしまうけど、シェリー酒には代表的なタイプがほかにもあることも話してくれた。オロロソというタイプのシェリーは熟成が進み、フィノがフレッシュなのに対して香ばしい風味とコクのある力強さを持つ。色もフィノが淡い金色なのに対して琥珀色。シェリー酒の中の古酒ともいえるものだ。そして先に記述したペドロ・ヒメネスはソフトで蜜のように甘く深い香りがする。色は黒に近い茶色。これをバニラ・アイスに回しかけて食べると天国のおやつになる。ちなみにKさんはオロロソ好きだ。

 

 

Kさんはグラフィック・デザイナーでその名も『Sherry』(中瀬航也著)という本の装幀を手掛けられている。スペイン国旗のレモン色とオレンジ色を使った表紙まわり、一見洋書のようなお洒落なシェリーのガイドブック。シェリーとは何か?から始まり、その歴史、産地やボディガ(ワイナリー)、豊富な種類、独特な酵母と熟成過程、文学や芸術との関わり、そして飲み方や近年のバル・ブームなどなど。シェリーに関することなら何でも載っている。こうして書いていると、無性にシェリーが飲みたくなってくる。

 

 

某日深夜、神楽坂下の〈Bar Leaf〉にお伺いし、バーテンダーのMさんにシェリー・ソニックを作ってもらった。2種類のシェリー酒を1:1のトニックウォーターとソーダで割り、そこにオレンジ・ビターをダッシュで。ドライ・シェリーの辛さの角がとれてトニックの甘さもほどほどに、でもしっかりとシェリー独特の風味とシャープさが味わえるロング・カクテルだった。若い朝焼けに映える海原のような金色の液体は耽美的でさえあった。

 

 

今回はシェリー酒のお話をしてきました。フィノ、オロロソ、ペドロ・ヒメネス(その他にもバリエーションがある)を是非飲み比べてみてはいかがでしょう。貴方にとって好みのシェリー酒が見つかるかもしれません。

ところで、松田優作はどうしてティオ・ペペを好んで飲んだのか? いろいろ調べてみたのだけど分かりませんでした。どなたかご存知の方がいらしたらこっそり教えください。

  

 

※1 醸造過程でアルコール(シェリーの場合はブランデー)を添加してアルコール度数を高めたワイン。シェリーの場合はブランデーを使用。保存性を高め、酸化を防ぐ。

※2 フィノ・タイプはシェリー酒を熟成させる2つの方法のうちの一つ。酵母の膜の下で空気を遮断して熟成させる。淡い色とシャープな香りが特徴で生物学的熟成と定義される。もう一つは酸化熟成といわれる空気に触れながら熟成させる方法である。濃い色で香ばしい風味をもつ。オロロソなどがそれにあたる。

 

 

Book  Bar 余白  根井浩一

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