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今宵、神楽坂で

第二十号(2021年06月)

バー巡り・其の九(後篇)

2021年06月10日 14:35 by kneisan2011

Book & Bar 余白

■餃子

 

ライフスタイル情報誌『おとなの週末』の2018年10月号の特集は「絶品餃子」だった。どういうわけかそこに私たちの店が掲載された。“ツマミに食事にイイ! 餃子自慢の酒亭&バー”というページ。「スタッフが心から納得できるお店の情報だけを載せる」のが『おとなの週末』のスタンスという。「え、そうなの? うちの餃子で本当にいいの?」と思ったけど『おとなの週末』のお墨付きをいただいた事実は真摯に受け止めたい。胸を張っていこう。ちなみにその前月号の特集は「神楽坂」だったがそこには小店の掲載はない。〈Book & Bar 余白〉はアドバンテージを「神楽坂」より「餃子」に置いた方がうまくいくのか、と妻と半分真面目に議論した。〈餃子の余白〉って看板にしちゃおうか?

 

 

実際、雑誌が発売されてから餃子目当てのお客さんが目立った。お店に入ってくるお客さんがいきなり「レモンサワーと餃子を」と言われることが続いてザワっとした。(そんなイベントは2週間ほどでパッタリ途絶えたけど。) ところで餃子の皮を包む速度は妻にはどうしても敵わない。開店当初は速度の差は1:6だったが5年経った今でもまだ1:3.5ほどの開きがある。この能力の差は今後も縮まることはないと思う。

 

 

■定番フードメニュー

 

 開店準備の時期に私と妻がメニューをあれこれ考えていたとき、二男がぽつりと「餃子出せば?」と言った。『おとなの週末』には「その一言が看板メニュー誕生のキッカケとなった」と書かれたが、実際のところ開店以来5年以上「餃子」がメニューから外れたことはない。カープの衣笠祥雄選手の連続試合出場記録(通算2215試合)を追い越す日も近い。ところで〈Book & Bar 余白〉の大きな特色は本である。「お、このお店には何やらいっぱい本があるな、どれどれ」とお客さんが好奇心をそそられ来てくれる。だけどここの実際はダイニング・バーである。然るに酒とツマミもとることになる。そして「おや、ここの料理はちょっといいかも。お酒もいろいろあるし‥」の仕掛けが起動する。本と同様に料理やお酒に対するお客さんのcuriosityは重要だ。看板メニューは餃子ということになっているけど、ほかにも5年間出し続けている料理がある。ちょっと紹介したい。「パリパリチーズ」はフードのラインナップの中で一番安い(500円)。ナチュラルチーズを電子レンジで加熱して煎餅状にしたものでいたってシンプルな一品である。桜エビと青のりの風味がチーズによく合い、お酒のお供にピッタリ。これは昔、妻と二人で入った立ち飲み屋さんで実際に口にして感動した経験を元にしている。あのJR藤沢駅前の地下の立ち飲み屋さんが懐かしい。次に食材の組み合わせだけで味よし、食感よし、栄養よしといえば「納豆はんぺんチーズ焼き」も超定番。よくお客さんにメニューについて「これどういうんですか?」と尋ねられることがある。〈余白〉の料理は「書いてある通り、そのまんまなんですよ」というのが多い。この場合「はんぺんの上に納豆とチーズをのせて焼くんですよ」と言うしかないし、沖縄の庶民的な食べ物「ポークと玉子」を出していたときは「あ、それはポークと玉子なんですよ」と説明にもなってない説明をする。もう一つ開店以来の定番があった。「明太チーズオムレツ」。溶いた玉子に明太子とチーズと“空気”(←これ大切)をよく混ぜてふっくらと焼き上げる。口の中に拡がるチーズの香りが幸福感も呼び込む(はず)。餃子にしても、納豆はんぺんチーズ焼きにしても明太チーズオムレツにしても、目の前で調理していたものを口にできるから美味しさも倍増されるのだ。お店マジックである。

 

 

さて〈余白〉には〆のごはんもあり、開店以来人気なのが「混ぜ込みおにぎり」だ。チーズと佃煮を雑穀米に混ぜ込んでいる。佃煮は自家製でその季節に出回っている青菜(大根葉やセロリやターサイなど)を桜エビやおかかと一緒に甘辛く煮付けたもの。ご飯とチーズと佃煮の合わせ技だ。おにぎり2個は勤め帰りのお客さんのお腹を満たしてきた。

 

 

■さらに少しメニューのことを “春~夏”

 

Book & Bar 余白〉ではA4ペラ一枚のメニューに載せられる品数は25品ほどだ。改めて数えてみるとこの5年強で作ってきたフードは370種類にもなっていた。開店以来メニューから一度も外れることのないのは先の5品だけど、提供する食べ物はその折々の季節の食材を積極的に取り入れて作るのが基本。野菜にしても魚にしてもそれが旬なときはより栄養が凝縮されている。それに値段も手ごろになるから逃す手はない。

 

 

開店からしばらくして「余白のサラダ」をリリースした。レタス、トマト、キュウリ、レッドオニオン、パクチー、これにちくわ、砕いたアーモンド、自家製鶏ハムが入っている。たっぷりレモン汁とナンプラー入りの自家製ドレッシングとの相性も抜群。そしてもう一つのサラダは「春菊山盛りサラダ」。11月頃から出回る春菊をたっぷり木の器に盛り、ごま油の風味の効いたドレッシングをざっくり絡ませる。「春菊ってもっとクセがある野菜だと思ってました。こんなに食べやすかったんだ」と皆驚く。

 

 

春は菜花類が豊富に出回る。菜の花のおひたし、辛し和えに始まり、かき菜やのらぼう菜を菊芋とベーコンと炒めるのがいい。食感、歯ごたえに春を思う。アスパラを豚肉で巻いて胡椒を効かせてソテーするとこの両者の相性の良さにビックリする。北海道・富良野の露地ものの太いアスパラにパン粉を纏わせた揚げ焼きは最強である。4~5月の新玉ねぎは繊細にスライスして自家製のたれを回しかけ、鰹節をふりかける。沖縄では2月頃から食する島らっきょうを東京で口にするのはGWを越してから。塩漬け(うちでは昆布茶を使う)して冷蔵庫に寝かせて3日もすると食べ頃。初夏から旬を迎えるズッキーニは収穫したらすぐに使うのがよい。〈余白〉では粉チーズを振りかけ甘辛くソテーして鰹節をまぶして出している。夏野菜のカラフルな彩は目にも楽しい。これもチーズ焼きにしてしまう。5月から夏をまたいで9月まで全国から届くトウモロコシ。とりわけ8~9月の北海道産は甘みが申し分ない。〈余白〉ではこれを「とうもろこしご飯」にしている。実をそぎ落とした軸も一緒に炊き込むと旨味が米に染み渡る。北海道といえば夏から出回る新じゃがの「じゃがバター 塩辛のせ」はビールにとてもよく合う一品。そうそう、水茄子を忘れてはいけない。露地物であれば6月中旬から秋まで。灰汁が少なく生のままで食べられほんのりと甘い。〈余白〉ではこれを生ハムに巻いてオリーブオイルをかけたり、香味野菜(みょうがや大葉など)や塩昆布と合わせてごま油に絡ませてサラダにする。大阪泉州からやってくるのが待ち遠しい野菜だ。

 

 

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■もっと、メニューのことを “秋~冬”

 

秋から冬にかけては根菜類に主役が置き換わっていく。〈余白〉のポテトサラダはさつま芋をよく使う。さつま芋は10月から1月に甘いものが多く出る。この甘味とヨーグルトの酸味がよくマッチする。ほぼ同時期に青果店に並ぶかぼちゃはグラタンに。大根は秋冬野菜の代表選手。寒い季節に収穫したものはみずみずしくて甘い。シンプルに大根だけの「味しみ大根煮」。さつま芋、かぼちゃ、大根、人参、新ごぼう・鶏肉を入れた「根菜の甘酢炒め」は自慢の一品だ。秋と熟成後の春の2回収穫する青森産の長芋はバターでソテーし、醤油を絡めて海苔を巻く。旬の時間が短い下仁田葱はスキレット(鋳鉄のフライパン)で焼く。調理していると胡麻油の風味が店に充満してヤバい。味付けは醤油のみ。太葱の甘みが際立つ。出来立ての熱々に散らした鰹節が激しく躍るのも目に楽しい。冬の声が聞こえると粒の大きな牡蠣が市場に入る。〈余白〉の料理人は「牡蠣のガーリックバター焼き」「牡蠣とほうれん草のグラタン」をすかさずメニューに加える。酒の相手を選ばない海の幸の優等生だ。

 

 

 

 料理のことだけでこんなに紙幅を費やしてしまうとは思わなかった。書き始めたら止まらない。まだまだある。晩秋から早春にかけて〈余白のスープ・シリーズ〉と銘打ち、隔週でメニューを差し替えてゆく。「キャベツと鶏肉トマト煮」「豆乳シチュー」「ポロネギのポタージュ」「バターナッツ・カボチャのポタージュ」「大根と牛すね肉のポトフ」「ミネストローネ」「鶏だしフォー」「ナンプラー・スープ」「サンラータン」「豚汁」「タンメン風スープ」「白菜と鶏団子スープ」などなど。冬、〈余白〉は神楽坂のスープ・ストックになる。この他にもカレー・シリーズとかスイーツのことだとか、まだまだあるけどこのへんにしておこう。

 

 

料理は妻・純子が97%担っている。「やさしい味に癒されます」「心が満たされました」「普段から100パーセント自然素材のものしか受け付けないんだけど〈余白〉さんのご飯は全然大丈夫です」 食は多分にお客さんのマインドと呼応する。妻の手料理をあてに来てくれるお客さんに感謝しかない。ところで残りの3%は私が作っている。数えるほどしかないが、ナポリタン、豚キムチ、麻婆豆腐、下仁田葱のスキレット焼き、燻製盛り合わせ、プルコギ、ポークと玉子、島らっきょう、枝豆は私の担当だ。

 

お酒のことを一言も触れずにここまで来てしまった〈Book & Bar 余白〉で提供している酒類は実は奥が深い。なんせレモンサワーからアエラ島のシングル・モルト(現在稼働している8つの蒸留所のもの)まで揃えている。ビールはラガー、エールを複数銘柄、ウイスキーはスコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアン、ジャパニーズ。ワインや純米酒や乙類焼酎や泡盛も。ジンやラムやテキーラ、ウオッカそれにアブサン、パスティス、ウーゾ、アクアヴィットなんてものも。自家製サングリア、梅酒だってある。お酒のこともたくさん書きたかったけど今回はちょっと長くなり過ぎてしまった。またの機会に。

 

 

■自営店のフェミニズム考

 

Book & Bar 余白〉における私のパートナーの妻・純子は絶対値である。妻がいないと〈余白〉は一日として成り立たない。もちろん私がいなくてもこの店は成立しない(はずと思いたい)。我々は互いに必要とし、支え合っている。「戦艦ヤマト」のイスカンダル星とガミラス星みたいに(なんかよくわからないが)。今の時代、個人事業店は「男女共同参画社会」の最先端であり、実践の場だと思う。だから、メディアの方々が個人店を取材されるときは「奥さんはご主人の夢の実現に寄り添い、内助の功で頑張っている」みたいなストーリーを安直に予測してはいけません。世の中のフェミニストにボコボコにされてしまうだろう。「人生をかけているのは同じ。自分で決心したから続けられる。手助けしているつもりは毛頭ない! そんなこといったら私がボコボコにするわ」と妻は言っている。この仕事を妻と一緒にすることで、ジェンダー(LGBTQ+まで拡張して)についてとても意識するようになった。男だから、女だから、などのバイアスに注意深くならないと。

 

■余白って何?

 

 余白とは何だろう。余白をいきなり目の前に差し出されたら人は一寸怯んでしまうかもしれない。人は日々余白を巧妙に避けて生活や人生を埋め合わせて過ごしている。齷齪毎日を過ごすことで有限の生のことを忘れようとしている。人は日常生活の中で意図せずぽっかりと空く時間をラッキーと思い最初歓迎する。しかし日常のあちこちに空白の時間が出現したら、それに耐えられるだろうか? 日常生活(今を生きること)は実体とか物語で満たされていればよしというわけではない。勇気をもって「余白」に目を向けよう。「余白」には人生を豊かにする何かが埋蔵されている。酒場は正に「余白」に向き合うのに相応しい場所である。「今ここに生きている」ことを自覚して何かの輝きを見つけ、明日からの生きる勇気を得られればいいと思う。

 

 飲み屋さんに来ると人はフラットになる(そうでない方も稀にいらっしゃるけど)。年齢や会社などでの肩書も、業種だとか職種も関係なくなる。20代の新社会人が50代のベテラン会社員とスマートに“意見交換”している。〈Book & Bar 余白〉を自由に使って欲しいと願う。

 

 

■それではこのへんで‥

 

お店のサイン(看板)がお洒落ですねと褒められる。実はこれ、神楽坂在住のグラフィック・デザイナーのM君の手によるもの。書体、文字の配置、全体のデザインについて何度も試作を重ね納得のいくものを作ってもらった。近づいて見るとわかるけど、丸い盤面の縁にぐるりとアルファベット文字があしらわれている。村上春樹さんの小説『海辺のカフカ』の中の一節をお借りした。  “IF YOU REMEMBER ME, THEN I DON’T CARE IF EVERYONE ELSE FORGETS”(〈余白〉のことを君さえ覚えてくれていればそれでいいんだ)。

 

そして今回の〈Book & Bar 余白〉紹介を〆るに相応しい素敵な文章を見つけたので記しておこうと思う。北森鴻さんの名作ミステリー『花の下にて春死なむ』(講談社文庫)という作品に添えられた滝井朝世さんの解説文の中から。

 

「それぞれが未来に向かって歩き出して疎遠になっても、店の思い出ははきっと、まるで香菜里屋(かなりや)の提灯のように、ほんのりと心の中で灯されているだろう。かつて自分にはあの場所があり、あの仲間がいた、ということが、ささやかな心の支えになるのだろう。」

 

香菜里屋を〈Book & Bar 余白〉に読み替えてくださいね。それでは貴方との出会いを楽しみに。

 

 

Book & Bar 余白〉

162-0816 新宿区白銀町1-13 第11シグマビルディング飯田橋1F 

Tel 03-5229-7016   

Twitter → @yohaku_kagura  

Instagram → instagram.com/bookbaryohaku

営業時間  18:00 ~ 25:00 日曜は18:00 ~ 24:00

2021年5月時点は新型コロナの影響を受け変則営業中)

定休日 月曜

喫煙 NG 

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