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今宵、神楽坂で

第十八号(2021年05月)

三蔵法師の旅 ~平成西遊記~ ⑧

2021年05月12日 12:18 by morrly
2021年05月12日 12:18 by morrly

 明朝6:37起床。お店もすぐ開店となった。客は来ないが、営業時間はえらく長いようだ。他の店も開いていた。皆働き者なのだ。早速、町に唯一という電話局へ電話をしに行く。町といっても本当に小さな町でメイン通り一本の脇に平屋が並んでいるだけであった。電話局で連絡先を告げ電話をかけてもらう。すんなり繋がったようで受話器を渡してもらう。一通り事情を話し、宮代から電話が来たらこの店にいるのを伝えてもらうことにした。電話が終わり受話器を返した。電話代4元と言われたが、3元しか持っていなかった。「今はお金がないが、銀行が開いたら両替して払いに来る。」と言ったが、すんなり3元にまけてくれた。

 

 本当に現金が無くなってしまった。これではもう朝食すらとることができない。空腹を我慢しながらとぼとぼと店に戻っていると、なんと道の先から宮代が歩いてくるのが見えた。合流し早速また電話局へ戻り、上海の連絡人に電話をかけ、無事合流出来たことを告げた。その時、先ほどまけてくれた1元を払ったかは覚えていない。

 

 一先ず宮代が昨日泊まっていたという旅社へ。なんと昨日私が泊まった店から30mも離れていない場所であった。もし私にお金があったらここに泊まることになり、結果として合流することが出来たであろう。

 

 宮代の話を聞くとこうだった。

 9:15に宮代がトイレということで、私が先に進む。この時前輪の空気が抜けていることに気づき、私を呼び止めようとしたが向かい風の影響か、その声は私の耳に届くことはなかった2時間ほど修理をし再出発。猛烈な向かい風の中なんとか前に進んでいたものの、15:00頃に自転車のあちこちがこわれはじめた。修理をするも2時間近く費やしてしまったので前進を諦め、柳園までヒッチハイクをすることに。残り18km地点であった。18:19にウルムチ行きの3台連れが止まってくれ、無事車を捕まえることができた。しかし、皆、柳園の位置がよく分かっておらず、結局100km先の新疆ウイグル自治区まで連れていかれた。向こうでまた車を捕まえ22:10に柳園に戻ってきた。

 

 私が将棋を指している間に、宮代はなんと一足先に新疆ウイグル自治区に行っていたのである。そんな波乱万丈な一日を過ごしていたとは……。とはいえ、思っていたよりもあっけない再会であった。この日は一日停滞とし、宮代の自転車修理をすることにした。

 

 

 

 翌日、二人で出発し、いよいよ新疆ウイグル自治区に入っていく。この日もまたまた向かい風、そして上り坂が延々と続く。結局、砂漠の中でも自転車を押して進むこととなった。日陰のない炎天下の中、自転車を押していると後ろから軽トラックが上ってきた。車は一時間に一台は通過するのだが、みな小型で遅い。どんなエンジンなんだろうか。エスカレーターと同じようなスピードで横を過ぎていく。と、「界王拳3倍!」と言いながら宮代が現れた。軽トラの荷台に掴まり漕がずにずっと上ってきたのだ。何を言ってるんだか……。私は拍子抜けした。(いちおう説明しておくと、界王拳とは鳥山明の漫画『ドラゴンボール』に登場する技のひとつで、一時的に戦闘能力を底上げすることができる。

 

 14:47にとうとう新疆ウイグル自治区の端の町、星々峡へ到着。さらば甘粛省。一か月ちょい甘粛省内を走っていたことになる。長かったが、段々と西域に向かっている感じを身に沁みて感じることができた。

 

 星々峡は町と言っても、10軒か20軒くらいの集落だったので、これからのビバークに備えて食料の買出しをしたあととっとと出発した。19:10、星々峡から28km地点で私の自転車がパンク。ここでビバークすることとした。久々のビバークであったが、砂漠の夜空はとてつもなく美しかった。ただただ星を眺めていた。

 

 翌日も延々と砂漠の中を進んだ。変わるのは道の上り下りぐらいなものだ。昼頃になると気温が30℃を超えてくる。ただこの日から天山山脈の雪を見ることが出来るようになり、多少暑さを紛らわすことができた。14:47、西安を出発してから2000kmに到達した。

 

 

 19:00に三道成村というところに辿り着く。星々峡を境に壁に書いてある文字はアラビア系の文字になり、漢字は見かけなくなった。中国とは違う国に来たという感じである。人も漢民族ではなくなってすっかりウイグル人だけになり、中東へ来たかのような錯覚を覚える。古代は別の国であったのは間違いないだろ。ただこれから先へ進むにつれ漢民族の進出を垣間見ることになる

 

 道脇の小さな店に入り、西瓜ジュースを飲みながら宮代を待つ。待っている間にお店の主人と仲良くなり、宮代が来た後も長居してしまったので出発するのを諦めた。旅社を探そうとしたが、ここには旅社がないということでこの日もテントを張ることになった。「危ないから店の隣にテントを張りなさい。」と主人が言ってくれたのだが、実はこの人はこの村の警察官であった。

 

 次はいよいよ天山山脈最東部南のオアシス、クムル市(哈蜜市)である。我々の心も体もカラカラである。(つづく)

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