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今宵、神楽坂で

第十六号(2021年04月)

三蔵法師の旅 ~平成西遊記~ ⑦

2021年03月29日 16:06 by morrly

-今回の行程‐

 

 6月20日(木)、この日は端陽節(旧暦5月5日)で中国では粽を食べる。味はやたら甘かった気がする。

 

 出発早々私の自転車がパンクし修理をしていると、招待所の人や車修理部の人々が集まってきて勝手にどんどん修理をしてくれた。私はただこの状況に呆然とつったっているだけであった。最後に「謝謝!」を連呼して感謝の意を伝え再びペダルを漕ぎだした。

 

 次に向かう安西は世界一強い風が吹くという場所で、近づくにつれ猛烈な風になり砂嵐の中を進むことになった。ただ幸いにもこの日は追い風で、シャツの前ボタンを全て外し裾を広げることによってヨットの様にぐんぐん進んでいった。ペダルを漕ぐ必要もなく、最高時速41kmを叩きだし、この日の走行距離は142.2kmまで達した。

 

 

 西安出発前夜、張さんに頂いた漢詩の最後の行「西の方、陽関を出づれば故人無からん」

(西にある関所の陽関を出れば友人はいないのだから)を思い出す。玉門鎮を出てからは右も左も地平線まで広がる茶色い荒野と一本の道が続く。タクラマカン砂漠とゴビ砂漠が重なっている地帯だ。先があるから進めるが、分からない状態で進むには周到な準備が必要であるだろう。依然中国国内なのだが、異国へ旅立つ気分であった。

 

 途中の敦煌では大幅に休日をとり、莫高窟や鳴沙山を観光した。

 

敦煌、莫高窟にて・・・後ろの砂山の崖に黒く転々としている所が石窟であり、この中に壁画が描かれている。

 

 6月25日(火)8:11安西を出発。はじめは東風であったが、徐々に強い西風に変わり向かい風になる。気が狂いそうになるほど同じ風景で、一体進んでいるのかわからないほど何も変化がない。道が曲がっていることでさえ喜びに感じた。

 

 

 13:47に柳園手前5kmの小さな店に到着。いつも通りここで同行者の探検部員・宮代が来るのを待つことにした。暫くすると店の人間や近所の人々がおもむろに集まってきて店の前で将棋大会が始まった。中国の将棋は、取った駒を使えない分日本の将棋よりも西洋のチェスに近い印象を受けた。私が興味深そうに覗いていると、その内の一人が親切にも各駒の動き方を教えてくれ、私も彼らに混ざって一緒に将棋を指すことになった。私の記憶では、全て勝利したことになっている。暫くして一人、また一人と自分の都合に合わせて帰っていった。夕暮れ前には全員いなくなり私一人になり、将棋大会は静かに終了した。

 

 23:30になっても宮代はまだ来なかった。いや、気づかずに通過してしまったのか。いっそ次の町に行ってみようか、いやいや、ここしかない店で立ち寄らないはずがない。ならひとつ手前の町まで戻るか、などと逡巡した。しかし、もう時間は夜中。今更どうしようもないので、明日、上海の連絡人に電話をすることにして宿を探すことにした。と思ったもののポケットにはお金がほとんどないことに気づく。「テントか。」と、ここら辺で適当な場所はないかお店の人に尋ねてみた。すると不憫に思ったのか、店の中に泊めてくれることになった。本当に有難いことです。

 

 今後の不安を抱えながらすぐに眠りについた。(つづく)

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