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今宵、神楽坂で

第十五号(2021年3月)

飲み屋さんというガイア

2021年03月25日 15:19 by kneisan2011

「ちょっと一杯やってかない?」と友人や会社の同僚と暖簾を潜る。というシチュエーションは今回おいておく。そうでなくて、ひとりで飲み屋さん(個人店でもバーでも大衆酒場でも)に行くということについて一寸書いてみたい。

 

37歳独身のツキコさんはひとりで居酒屋に通う。カウンター席で季節のつまみを一つ二つとり、一合徳利で日本酒を飲む。ある日、高校時代の国語の恩師と隣同士になった。センセイはツキコさんより30以上も歳が離れている。その後幾度となく居酒屋(サトルさんの店)でふたりはいき合う。昔日の話、とりとめのない世間話をしながらツキコさんとセンセイは徐々に距離を縮めていく。サトルさんに誘われてキノコ狩をしに山に行き、二人で島へ一泊旅行、母校を眺める土手で花見酒、ディズニーランド‥‥。季節(人生)の華とうつろいは淡く詩的であり、ときどき作者ならではのシュールが入り込むがその描写は優しく儚い。そして老いとやがて訪れる死を予感させる残酷。この小説『センセイの鞄』川上弘美著(平凡社)が出版されたのは2001年6月だった。〈本屋大賞〉があと2年早く実施されていたら、ひょっとしたら大賞をとっていたかもしれない。2003年に本作品はWOWOWのドラマ第一弾となり、久世光彦さんが演出、ツキコを小泉今日子、センセイを柄本明が演じた。

 

 

ちょうどそのころ、当時私の住む地元の私鉄駅前に正しくツキコさんとセンセイが通っていたような居酒屋を偶然見つけた。気になりつつ3,4回店の前を通り過ぎ、ある日意を決し暖簾をくぐった。うんざりするほど暑い夏の日の夕刻だった。まだ十分に外は明るい。私が口開けの客だった。「いらっしゃい」と店のご主人はいった。引き戸の袂に蚊取り線香が焚かれ白い煙の筋がゆっくりと立ち上っていた。「おお、ここは『センセイの鞄』のサトルさんの店みたいだ」と感激したっけ。店のご主人はゲンさんといった。サトルさんの店でツキコさんたちが注文していた肴は、まぐろ納豆、蓮根のきんぴら、塩らっきょう、くじら、もずく、湯豆腐、枝豆、焼き茄子、たこわさ、塩ウニ、ブリ照り焼き、などなど。湯豆腐を箸で崩し、一口燗酒を口に含み、センセイとツキコさんは淡々と会話を重ね心を通わせていった。方や私はというと、ゲンさんの店で黒板に書かれている肴を二つほど頼みながらひとり焼酎や泡盛を飲むのがお決まりになった。

 

会社の近くの居酒屋で職場の人間と飲み、仕事の話やら会社の誰それの話をすることはあったけれど、それまでひとりふらりと飲み屋さんに立ち寄る習慣はなかった。会社の人との飲みはたいてい最初はきれいに始まる。ところが酒が進むにつれそこにいない誰かの悪口になったり、上司や部下の仕事についての愚痴話になるのがどうにも窮屈だった。いつだって夜深けに解散。もやもやした感情を抱えたまま満員電車に押し込まれて郊外の家に帰るのは精神にいいものじゃない。それで『センセイの鞄』のツキコさんやセンセイに見倣って地元の酒場でひとり飲みをすることにしたのだった。もっと早くに気付くべきだった。

 

できれば口開けの誰もいない酒場が好きだ。“I like bars just after they open for the evening”と『長いお別れ』でフィリップ・マーロウも言っている。夏なら背中に残照を浴び、蚊取り線香の匂いが鼻をくすぐり、柳葉包丁の載った俎は真っ新でシンクに洗い物の一つもない。白衣を着たご主人は一升瓶から酢をなみなみとタッパーに流し込んでいる。しめ鯖を仕込んでいるのだ。「いらっしゃい、生でいいですか?」と声を掛けられる。「はい、生を。いやあ、今日もクソ暑かったですねえ。」と私は言い、ゲンさんも「ほんとですねえ」と笑う。目を凝らして黒板を見て注文。「枝豆、奴、ウナギの肝焼き、それとあとでしめ鯖をお願いします。」 生ビールを喉に流し込み、出てきた肴を口にしながら読みさしの本を開く。その頃はまだiPhoneはなかった。ましてやインスタなんてものも。だから料理の写真も撮らないし、SNSもしない。ときどき鞄から仕事の資料を取り出して明日の会議の作戦を立てたりした。会社の机で眉間に皺を寄せて考えるよりも、はるかに落ち着くしリラックスできたものだ。

 

 

小一時間もすると、常連さんが集まり始める。男性も女性も私より年配の方が多かった。いつもの顔ぶれ。私は何杯目かの酒を飲みながら目を閉じて、常連客とご主人の会話のやり取りを楽しく聞いたものだ。私は隅で本を読んでいるし、滅多に話しかけられることもなかった。数人親しくなった人はいるけれど。ゲンさんの店が畳んでしまうまでの6年弱、毎週ほぼ2回は顔を出したと思う。600回は下らない。ときどき店を手伝いに来るゲンさんの妻のE子さんとも顔馴染みになった。「ゲンさん、僕が飲み屋さんやるって言ったら笑いますか?」とある日尋ねたことがある。するとE子さんが「えええ?Nさんが居酒屋やるって? 超ウケる。」と大笑いされて少々傷ついたけど、今こうして私は神楽坂で飲み屋さんをやっている。「だからあのとき言ったでしょ」と伝えたいがゲンさんたちはどこに行ってしまったのか手がかりさえ無い(※)。

 

飲み屋さんは自然が基本だ。アクティブよりもパッシブ。積極的に自分から働きかけないのがいい。自然にしていると他者との良好な触れ合いが生まれる。その空気、間合いを大切に楽しむのがいい。それから、ツキコさんとの出会いはまずないと考えた方がいい。

 

※)その店の名は〈小料理 久松〉という。小田急線相模大野駅南口。南口商店街という地味な通りの中ほどにあった。ご主人のゲンさんは腕のいい寿司職人の経歴の持ち主だった。徳之島出身でE子さんは京都ご出身だったかな。2012年5月に田園都市線つきみ野に移転。しかし数か月で店仕舞い、その後どうされているのかわからない。とても会いたい。

 

Book & Bar 余白  根井浩一

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