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今宵、神楽坂で

第十四号(2021年03月)

アイリッシュ・ウィスキーの復権

2021年03月11日 15:18 by kneisan2011

村上春樹さんの旅のエッセイ『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』を読むと村上さんご夫妻はスコットランドのアイラ島を巡ったのち、旅の後半をアイルランドで過ごされている。アイラ島からアイルランドへ、どういう経路で行かれたのかは書いてないけど、ダブリンへは直接空路で向かったのか、それともグラスゴー経由で向かったのか。いずれにしてもアイラ島からアイルランドはとても近い。世界の最も重要な二つのウィスキーの産地が隣接しているのは偶然ではない。ウィスキーの起源や伝播を辿ってみるとそれは自然なことなのである。

 

 

サントリーのHPに世界の五大ウィスキーについての記述がこうある。

“アイルランドで芽生え、自然の恵みと人の技、そして樽熟成からうまれた官能的な香味は、スコットランドやアメリカ、カナダ、日本へと伝わりそれぞれの産地の特色を背負ったウィスキーを育んできました。日本、アメリカ、スコットランド、カナダ、アイルランドの5カ国が世界的なウィスキー産地として知られ、「五大ウィスキー」と呼ばれています。”

 

ウィスキー発祥の地はどこなのか? この説明だとアイルランドということだけど、スコットランド説も根強くあり、いまだ決着はついていない。だいたいスコットランドとアイルランドの間にアイラ島は浮かんでいる。現代こうして〝命の水〟を飲むことができるのも北大西洋の二つの国のお蔭である。

 

さて今回の話はアイリッシュ・ウィスキーについて。このウィスキーは「穀物の豊かな香りと軽やかさですっきりとした味わい」(サントリーHP)を特徴とする。アイリッシュ・ウィスキーはアイルランド共和国、または北アイルランドの倉庫で3年以上熟成させなければならない決まりがある。ブッシュミルズ蒸溜所(1608年創業世界最古の蒸溜所といわれている)は英国・北アイルランドで生産され、ジェムソン、タラモア・デュー、パワーズはアイルランド共和国で生産されている。また、多くのアイリッシュ・ウィスキーは麦芽乾燥時にピート(泥炭)は使用せず、蒸溜は大きなポットスチル(単式蒸溜器)を3回稼働して行う。この方法は効率に劣り、一回蒸溜しただけではアルコール度数を高めることができない。それで工程を三度繰り返すことによってアルコール度数を徐々に上げていくのだが、このプロセスで穏やかで滑らかな味わいが生まれる。それこそがアイリッシュ・ウィスキーの神髄(軽やかさですっきりとした味わい)となる。

 

 

さて、土地の人々はこのウィスキーをどう飲むのか? だいたいウィスキーと水を半々くらいで割って飲む。水はタップ・ウォーター(水道水)で。そしてアイルランドの土地の人の見解はこうだ。

“良いウィスキーに氷を入れて飲むのは、焼き立てのパンを冷凍庫に放り込むようなものだ、と土地の人々は強固に考えている。だからアイルランドでは酒場にいったらなるべく氷を注文なさらない方が良かろう。そうすればとりあえず「文明人のかたわれ」として遇される可能性は高い。” (『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』平凡社・単行本版 82頁)

 

ところで、村上春樹さんの語るアイリッシュ・ウィスキーの好みはというと、

“僕の個人的な ――あくまで個人的な――好みでいえば、食前に向くアイリッシュ・ウィスキーはジェムソン、タラモア・デュー、ブッシュミルズ あたりで、食後に向くのはパディー/パワーズ、ブッシュミルズ・モルト というあたりではあるまいか”  (同 87頁)

とのこと。

 

 

その昔(18世紀頃)、アイリッシュ・ウィスキーは世界一の生産量を誇った。しかし時代が下り二度の世界大戦や隣国イギリスとの政治的衝突や経済上の障壁、またアメリカの禁酒法のあおりなどからアイルランドのウィスキー作りは衰退を余儀なくされてしまう。1900年代、アイルランドで稼働していたのは北アイルランドの「ブッシュミルズ蒸溜所」(※1)と、南部の「ミドルトン蒸溜所」(※2)の2つだけになっていた。アイリッシュ・ウィスキーの中心地であった首都ダブリンの蒸溜所も次々と操業を停止し、1974年にはこの土地からウィスキー蒸溜所は姿を消してしまった。このように長期低落傾向にあったアイリッシュ・ウィスキー業界であったけど当時残されていたメーカー3社は合併を決意、アイリッシュ・ディスティラーズ社(IDL)を設立した。1975年にはミドルトン新蒸留所を完成させ、アイリッシュ・ウィスキーは復活の狼煙を上げたのだった。さらに2015年には、かつてアイリッシュ・ウィスキー生産拠点のシンボルだった首都ダブリンにティーリング蒸溜所が建設された。ダブリンの釜から火が落とされて40年振り、新設は125年振りのことだった。

 

 私の店にはアイリッシュ・ウィスキーを5本置いている。エッセイの中で村上春樹さんが並べた5本。すなわち、ジェムソン、タラモア・デュー、ブッシュミルズ、パディー、それにパワーズである。開店時、酒問屋さんに尋ねたら一発でそのすべてが揃ったのには感動したものだ。アイリッシュの神様の啓示だったのかもしれない。

 

※1)ブッシュミルズは北アイルランドのアントリム州にある小さな村の名前。1608年にイングランド王ジェームスⅠ世から蒸溜免許を与えられた由緒ある場所。世界最古の蒸溜所といわれている。

※2)ミドルトン蒸溜所を代表する銘柄はジェムソン。アイリッシュ・ウィスキー出荷量のおよそ7割を占めている。現在は新ミドルトン蒸溜所で生産されている。

 

 

Book & Bar 余白  根井浩一

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