『Bar Tarrow’s』
■<Bar Tarrow’s>の扉を開けに来てください。あなたの椅子が待っています。
かつてアルバイト時代、太郎さんは直感した。「俺はこの仕事に向いているかも」。バーの仕事で「いやだな」と感じたことはなかった。「もっとやりたい。もっと知りたい。もっと続けたい」という思い、それは今も変わらないという。太郎さんは話す。「カウンターの前にいるお客様は、思いや感情を包み隠さない。我儘な人たちは素晴らしい。悲喜こもごもは正にバーカウンターの中で常におこりうること。毎日がライブな仕事だと感じます。うまい酒、高い酒、抜群のカウテルをそっちのけで女の子に夢中なおやじ様や悩み多きお年頃な女性など、毎日いろいろな人が酒を飲み帰っていく。楽しくて飽きません。ものと人、そして酒場に流れる時間はバーの主にとってなんとも心地よいものなのです」と。
「あなたの椅子が待っています」これは<Bar Tarrow’s>のツイッターのプロフィールに書かれている言葉である。お客さんがその椅子に座ればsomething funがある。バーテンダーの太郎さんはそのソフト、すなわちお客様に心地よさと愉しさを抱かせるソフトを持っている。「白金台に勤めていたときに常連のご夫婦にこんなことを言われました。『太郎さんは当たり前のことをしてくれるよねえ』と。常にそのつもりでいますが、私の振る舞いや気持ちを当たり前と思ってくださるお客様に恵まれて幸せです。」と話す。で、そのあと太郎さんは首を傾げ、チクリと一言。「当たり前のことをしてくれないバーって一体何でしょうか?」 太郎さんの目指すのは普通のバーだ。「チャームが魅力的であること、期待を裏切らないということ、いつもの感じであること、それらを特別なことでなく当たり前に続けること、それが当たり前のバーということです。ぼくは模範的なバーテンダーじゃないかもしれないけどお客様にとって都合がいいバーテンダーになれればいいと思っています。バーテンダーは60歳から華ひらく。それまで走り続けたい。あと30年やっていきますよ。永遠に微調整をしていきながらね。」
神楽坂のバー文化が香り立つのはいよいよこれからだ。<Bar Tarrow’s>のようなバーが10年20年30年とやり続ければこの街に集うお客様の層は厚くなってゆき、名実ともに神楽坂はバーの街になるだろう。
■ジャック・ローズを飲まなくっちゃ!
ここ<Bar Tarrow’s>では太郎さんとの言葉のキャッチ・ボールが楽しい。ある夕刻、私は一番奥のカウンターに座っていた。30分ほどして一人の女性が扉を開けて入ってきて私の3つ隣の椅子に座った。「何飲もうかしら?」と常連らしき彼女は太郎さんに話しかけた。すると太郎さんは間髪入れず楽しそうに「今夜はジャック・ローズを飲まなくっちゃ!」と答えた。(※1) つられてお客さんも笑いながら「じゃあそれをお願い」と言った。私は自分のグラスを口に運びながら心の中でクスッと笑ってしまった。その小さなやりとりはここ何日かの心の澱を溶かし、じんわり満たされる気分にさせてくれた。
後日あのときのことを太郎さんに尋ねてみた。「あれはどうしてです?」太郎さんはすぐに思い出して楽しそうに解説してくれた。「ああ、あの方のネイルが赤かったから。それと、多分ぼくがジャック・ローズを作ってみたい気分だったからでしょうね。そういう景色を見たかったんです。」
■コロナの時代に。
「コロナ災禍の中、休みを余儀なくされ昨年4月は当店も休みました。あるとき『どこもかしくも休業の張り紙ばかりで寂しいな』と一人のお客さんに言われてそういうのはよくないよな、と僕も思いました。誰もいない酒場は寂しい。自分の酒場に自分がいないのは悔しいです。8時だろうが、10時だろうがやらなくちゃいけない。わざわざ足を運んでくださるお客様のために開けないと。この状況に慣れてはダメだと思いました。誰かに言われて店を閉めろというのは屈辱だと感じましたね。休業要請が延長になった5月は時間を短縮して営業を始めました。もちろん感染予防の対策は万全にしてね。」
そして付け加えた。
「やはり私の居場所はカウンターの中ですから。」
(※1)ジャック・ローズは林檎のブランデー カルヴァドスをベースにしたショートカクテル。<Bar Tarrow’s>ではフレッシュな時期の柘榴(ざくろ)とライムを合わせている。薔薇(ローズ)のような鮮やかな赤い色。
<Bar Tarrow’s>
162-0825 新宿区神楽坂3-6-29 M1ビル3F
Tel 03-6457-5565
営業時間 16:00 ~ 24:00 (現在2021年2月時点は20時close)
定休日 日
カウンター 9席(現在〈2021年1月時点〉は6席。ただし3組様までのご入店)
charge 1000円
喫煙可 WIFI環境あり
☆このインタビュー記事は、中村太郎さんのブログ(『Bar Tarrow’sマガジン』by NOTE)を大いに参照して書きました。太郎さんの(NOTE)も是非ご覧ください。 → bartender_taro-note
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