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今宵、神楽坂で

第十二号(2021年2月)

レモンサワー読解

2021年02月11日 01:35 by kneisan2011

もうすぐ5年になる私の店で、これまで一番多いドリンクの注文は生ビール、そして二番目はレモンサワーだ。レモンサワーが二番目? 自分でも意外な気がする。メニュー表の中でそれは特別目立っていないし「うちね、レモンサワーが自慢なんだよね」と宣伝してもいない。それでもいつの間にかレモンサワーがよく飲まれるようになった。それも急速に。〈余白〉で飲むレサワを楽しみに一日仕事を頑張りましたというお客さんもいれば、ある若者は憑かれたように8杯も飲んでいった。また、ある男性はランニングの途中でうちに寄り、店の軒下で狭い空を見上げながら冷えたレサワを飲み干していった。「これを楽しみに走ってきたんですよ」と彼は言った。給水地点でレモンサワー、いいのかな。兎にも角にもうちのレモンサワーを当てにしてくれるのは光栄なことだ。

 

 

それでもただ何とはなしに私はレモンサワーを作ってきたわけではない。紆余曲折もあった。開店当初はお酒の種類に手を拡げ過ぎていたせいもあって、正直サワー類まで手が回らなかった。それで最初は問屋さんが持って来た甲類焼酎に市販の濃縮レモン果汁を入れ炭酸で割って出していた。今思えば赤面の至り。ある日私は女性のお客さんがそのレモンサワーを一口飲まれ酸っぱさに顔をしかめるのを目撃してしまった。それからだ。〝当たり前の〟レモンサワーを出そうと決意したのは。気を衒わず普通に美味しいと思ってもらえるレサワを。

 

レモンサワー発祥の場所は東京・中目黒の〈もつ焼き ばん〉という居酒屋だ。昭和33年に開業、平成16年12月に中目黒駅前再開発でいったん立ち退いたが、平成26年には再び中目黒本店を立ち上げる。前後して祐天寺、五反田、三軒茶屋、下北沢に出店。昭和33年というと63年も昔のこと。Webで〈もつ焼き ばん〉のHPを見るとこうある。「当時酒は全般的に高く、比較的安い甲類焼酎は今のように美味しくなかった。そこでタンチューと呼ばれていた焼酎の炭酸割りにウメ、ブドウ、レモンなどのフレーバーを加えて飲むのが当時のスタイルだった。そしてタンチューにレモンを加えた爽やかな飲み物は〝爽やか=サワー〟と命名された。(※)」 こうして〈もつ焼き ばん〉はサワーともつ焼きを安くたっぷり食べられる店として評判が広がっていった。ジョッキグラスにたっぷりの氷、そこになみなみと注がれる甲類焼酎、二つに割ったレモンの片方をギュッと絞り入れ、キリリと冷えた炭酸をグラスに満たせば出来上がり。これが、〈もつ焼き ばん〉の元祖レモンサワーである。

 

 

レモンサワー発祥の地・中目黒から東京中へ、関東圏へ、そして全国へと伝播していくさらなるステージの立役者、それは同じ目黒区の本町に本社をおく博水社(創業は1928を品川区)という飲料メーカーだ。「ハイサワー」の製造・販売(1980年に発売開始)の会社として有名だ。〈もつ焼き ばん〉は博水社に乞われ「ハイサワー」の開発に協力した。ウィキペディアによると「海外のカクテルにヒントを得て『日本のカクテルを作ろう』と開発したのがレモンと炭酸、水飴、ぶどう酒を加えたハイサワーだった」とある。さらに日経BP総研(2008.9.3)の記事(元は日経ビジネス電子版)を読むと、ハイサワーが全国に拡がっていった経緯を知ることができる。「ハイサワーの『ハイ』は『我輩』の『輩』。二代目社長が自分でこの商品を作ったという矜持から『我輩のサワー → ハイサワー』と命名した。このハイサワーが後に「ハイ」「サワー」と分かれ、「○○ハイ」「○○サワー」というメニューが全国に拡散して定着していった。」 しかしそこには相当地道な努力があったようだ。「当時、博水社の営業マンは数人しかおらず、ハイサワーを拡めるために工場や配達担当の若い社員も動員して地元目黒の飲み屋さんに営業に行ってもらった」というように、まずは会社の近くから宣伝・拡販を開始したのだった。隗(かい)より始めよ、である。

 

 

ダンス & ヴォーカル ユニットのEXILEは2009年の大きなイベントの打ち上げで2500杯のレモンサワーを飲んだというエピソードがメディアで報じられた。そんな情報もあってか若者たちはこぞってレモンサワーを飲みに走った。でもそれは一過性のものでは終わらなかったみたいだ。その後、コンビニのローソン限定で「EXILEメンバー監修」のレモンサワーが売り出されたし、今では全国の居酒屋でオリジナリティに富んだレモンサワーのレシピにしのぎを削っている。〈もつ焼き ばん〉のスタンダードスタイルに加え、冷凍したレモンを使用するもの、焼酎を凍らせた「シャリキン」タイプ、冷凍レモンを皮ごとすり下ろすタイプ、さらには異なるリキュールやハーブを加えたりするカクテル・スタイルも登場し、世の中百花繚乱、言葉は何だけど狂い咲き。

 

さて、私の店のレモンサワーはスタンダードに近い。たっぷり氷を入れたグラスに、ほのかに甘みのあるキンミヤ焼酎を注ぎ、そこにレモン果汁を絞り入れて割り材には研究と試作を何度も重ねたであろう博水社のハイサワー・レモンを使用。そして仕上げにレモンスライスを一枚載せる実直な一杯だ。レモンサワーはビールと同様何杯飲んでも飲み飽きない。唐揚げや揚げ物などの脂っこい食べ物との相性が抜群、サラダ類もいける。爽やかでプリン体もゼロ、それにリーズナブル。レモンサワーは今や日本全国どこでも飲むことができる和製カクテルの横綱である。これからもずっと日本のソウル・ドリンクとしてレモンサワーは飲み続けられることだろう。

それにしても、半世紀以上も前に焼酎にレモンだなんて、よく思いついたもんですよね。

 

 

※)『広辞苑』によれば、「サワー」のもともとの語意はsour(「酸っぱい」の意) ウイスキー、ジンなどの蒸留酒にレモン・ジュースなどを加えて酸味を持たせたカクテル、とある。

 

Book & Bar 余白  根井浩一

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