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今宵、神楽坂で

第十二号(2021年2月)

バー巡り・其の六(中篇)

2021年02月11日 00:58 by kneisan2011
2021年02月11日 00:58 by kneisan2011

Bar Tarrows

 

■<Bar Tarrows>の誕生。

 

バーテンダー歴20年を独立の目途と考えていた。40歳という節目はちょうどいいと太郎さんは思った。さて、「お店の名は何にしようか?」英語、フランス語、ラテン語、恰好いい名前とか、趣ある名前をノートにせっせと書き出した。「私は普通の酒場をやりたかった。今まで見てきた酒場、勤めてきた酒場、それらの店の先輩や同僚、バー仲間たち、そしてお客さんたちとの関わり、そんなすべての経験の上で〝普通の〟バーをやりたかったのです。普通に美味しい酒が出てきて、上質な空間の中で耳障りのよい音楽を流し、ちょっと旨いつまみが出てきてクスッと笑えるようなお喋りができる酒場を。」

で、名前はどうする? 考えあぐねていたある日、ある方から言われた。「どうせ恰好いい名前つけたってすぐに太郎さんとこ、太郎ちゃんのところって言われるようになるよ」そして他の人たちからは「〈Tarrow〉ていうスペルの名前は海外に結構いるみたいよ」「ギリシア神話に春をつかさどる女神でタローって神様がいるよ」といった情報がもたらされた。創業日は4月5日春爛漫。春の女神で、自分の名前で、海外の人にも読める名前。そしてどんなに考えたところで最後は「太郎さんのところ」になる。神楽坂についに<Bar Tarrow’s>が誕生した。「この店は私がバーテンダーという生き方を選び、そして意識し、目指し、この形になろうと思ってやってきた20年分の思いをこめています。」と太郎さんは言った。

 

 

  • お客様に寄り添うバーテンダー、中村太郎

寄り添うとはどいうことか。太郎さんは語る。

「お客様から『どういう飲み方がいいですか?」と漠然と尋ねられた場合は『そのままでしょう。ボトル詰めされた時点ですでに薄めていますからね。でも飲み方はお客様次第ですよ、お好みを言ってくだされれば。」と応えます。一方でストレートやロックでなければと固定概念を持つ方にはその気持ちを尊重してお酒をお作りします。それぞれの方にとっての一番を提供すること。お客様のスタイルに敬意を払うのです。」 若いお客さんでお金は使いたくないみたいだなと直感したときは「不遜な言い方かもしれませんけど安く恰好つけさせる。逆にお金を使える方にはさらに高価なものをお出ししたり。」 おまえさんはどういうバーテンダーなんだ?〝こだわり〟というやつは無いのか? と言われることもあるという。そんなときは「私はこだわりがないのがこだわりなんですよ。」と太郎さんは答えるのである。

 

 

そしてチャーム(※2)。チャームとはちょっとした「お通し」のこと。太郎さんは言う。「チャームなんだから魅力的でなきゃダメ。なるべくお客様の意向を伺ってからチャームをお出しするようにしています。」 昔勤めていたバーで、お客さんに「こちらに来られる前に何を召し上がって来ましたか?」と尋ね、自分ならこれだなと考えておつまみを出していた。しかしこれはお客さんへの押し付けではないか、と気づいたと振り返る。<Bar Tarrow’s>では数種類のチャームの中からお客様に選んでもらっている。

 

 

ところで太郎さんはオールド・ボトルに詳しい。「銀座にいたとき、店に1960年代のジョニー・ウォーカー・レッド・ラベルのデッド・ストックがあったんです。それはとても美味かった。何でだろう?と思ってマスターに話を聞いたり、文献にあたったりして勉強しました。それをきっかけに僕もオールド・ボトルを集めていきました。で、オールド・ボトルをお客さんに出してみたらどうだろうと考えたのですが、ぼくの好みを押し付けちゃいけないと思い直しましてね。お客様の中には『ここでなけりゃ飲めないものを出してくれ』という方もいればそうじゃない方も多くいる。人はそれぞれの嗜好性を持っていますし。お客様に面白い、嬉しい、美味いと思ってくれなければオールド・ボトルを勧める理由はありません。」

「お酒はあくまで商売の道具。これで商売をさせてもらっていると思っています。バーテンダーはお酒の伝道師ではありません。お客さんに寄り添うことが何より大事なことなのです。生産者を何かと持ち上げてお酒を崇めてみたって意味がないのです。こんなこと言ってるからソムリエや料理人や他のバーテンダーたちとときどきぶつかっちゃうんですけどね。」と太郎さんは苦笑する。

 

 

 

  • 僕の考える、BARというところ

バーに行きたいと思う理由は何だろう? 太郎さんのそれは明快だ。「ひとえに『面白いか』です。それは色気、雑多、秩序の3つの要素があるかどうか。色気というのは、そうですね、艶っぽさとか店の雰囲気とか、マスター恰好いいとかね。雑多はそこにいろいろな人たちが集ってくること。秩序は、店主がその空間を心地よいものにし、お客様に安心を提供することです。美味しい酒がそこにあればいいというのではないと思いますよ。美味しい酒なんて今どきのバーにはたいてい置いてあるでしょう。

 

 

かつて銀座で修行していた時代、数寄屋通りのバーで働いていた大好きな先輩がこう言った。「私たちの仕事は酔わせることじゃない。気持ちよくお客様を帰すこと」「カウンターの中から見て、いいなと思える酒場を作りなさい」「高い安いじゃない、お望みの物や事を提供した上で堂々とお代をいただきなさい」 カクテルの美味しさや酒の話もいいけれど、もっと大事なことがバーにはたくさんある。お客様側にもこちら側にも、と気付かされた。「私はお客様に寄り添うタイプのバーテンダー。せっかくお金を出して飲むんです。楽しく美味しく気分よく飲んでお帰りいただけることが主の喜びです。」と太郎さんは語る。

 

 

※2)<Bar Tarrow’s>では以下のチャームの用意がある。

「虎屋の黒糖羊羹」「イベリコ豚のサラミ」「ミックスナッツ」「チョコレート2種盛り合わせ」「季節のフルーツ」「コイーバ・クラブシガリロ(小さな葉巻煙草)」

太郎さんより一言 ‥ 繊細な味わいのシングル・モルト・ウイスキーやスモーキーなテイストのウイスキーには、虎屋の黒糖羊羹「おもかげ」は抜群の相性です。脂分が無いのがいいのかもしれません。お酒の味がはっきりします。

 

<Bar Tarrow’s>

162-0825 新宿区神楽坂3-6-29 M1ビル3F 

Tel 03-6457-5565

営業時間  16:00 ~ 24:00 (現在2021年1月時点は20時close)

定休日  日

カウンター 9席(現在2021年1月時点は6席。ただし3組様までのご入店)

charge    1000円 

喫煙可  WIFI環境あり

 

☆このインタビュー記事は、中村太郎さんのブログ(『Bar Tarrow’sマガジン』by NOTE)を参照して書きました。太郎さんの(NOTE)も是非ご覧ください。  → bartender_taro-note

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