バックナンバー(もっと見る)

今宵、神楽坂で

第七号(2020年11月)

清酒「白鷹」と神楽坂の縁

2020年11月11日 18:49 by kneisan2011
2020年11月11日 18:49 by kneisan2011

神楽坂のシンボル毘沙門天(善國寺)様の向いの小路をちょこっと入ったところに<伊勢藤>という銘居酒屋がある。創業は昭和12年。80年以上も神楽坂の町をみてきた。酒は灘の酒・白鷹のみで他はない。日本酒だけ、それも白鷹ひと筋だ。この灘酒を常連の多くは燗で味わう。店に足を踏み入れると正面上部に『希静』と書が掛っている。「お静かに希います。」初代店主の思いがこの二文字に宿り店の気を引き締めている。猪口を口に運び静かに酒を飲む。トクトクトクと白鷹の上撰を錫のチロリに注ぎ、囲炉裏の中に沈める。炭の火が飲み頃の温度を知っているらしい。

 

 

神楽坂で白鷹に出会えるお店は老舗<伊勢藤>さんだけではない。この町では多くの居酒屋で白鷹を出している。目に見えない約束事のように。小栗横丁の〈姿〉や〈トキオカ〉、鰻の〈志満金〉、神楽坂通りのチェーン店の寿司店でも、大久保通りの〈きくずし〉や勿論当店〈余白〉でも。さらには外堀通りのセブン・イレブンや坂上のスーパー<KIMURAYA>、大久保通りの酒販店<カクヤス>の棚にもちゃんと白鷹は陳列されている。

 

神楽坂の酒販問屋〈升本総本店〉は江戸時代にこの土地・牛込揚場に創業した老舗問屋である(現在、外濠通りのセブン・イレブンが入っているビルの場所に昔升本は蔵を構えていた)。そしてこの地にはかつて「揚場」があった。揚場とは舟で運ばれてきた荷を陸に揚げる場所という意味だ(現在も揚場町という町名がのこっている)。上方で生産された下り酒が水路を通って江戸牛込神楽河岸に入ってくる。その荷を陸に揚げ、軽子が背負って坂を上がり、神楽坂界隈の店々に広く配ったのである。軽子坂という地名はそこからきている。100年来、升本は灘の名酒白鷹を売り捌いてきた。

 

 

 

1924年(大正13年)白鷹は伊勢神宮の御料酒(神様が召し上がる酒)に選ばれるという栄冠を掴む。日本全国の蔵元の中から唯一選ばれた白鷹は現在に至るまで神前に供えられている銘酒なのである。そしてそこには神楽坂と切っても切れない縁がある。神楽坂で酒問屋を営んでいた升本喜兵衛(初代)は灘の酒・白鷹を高く評価していた。関東で一手捌き元を引き受けていた喜兵衛は白鷹に心底惚れ込みこの酒を引き立てた。地元神楽坂の料亭、居酒屋、酒屋に積極的に販路を広げそれは各町に知れ渡っていった。こうして神楽坂の安定的な顧客を持った白鷹は着実に本物の酒作りに邁進し、ついには伊勢神宮の御料酒に選定されるという物語になるのである。

 

神楽坂の東の丘に筑土八幡神社が鎮座している。階段を四八段上がりきると境内。そこに白鷹の積み樽が奉納されている。白鷹と升本酒店が神楽坂に感謝を込めているわけだ。

 

 

ところで飯田橋駅むこう側の「東京のお伊勢さん」こと東京大神宮では年間数万本の白鷹の御神酒が参拝客に頒けられている。今や縁結びの神様として名を轟かせている東京大神宮であるけれど、良縁祈願にも白鷹はご利益があるかもしれない。

 

冷や(常温)でもぬる燗でも熱燗でも素晴らしい。どの温度帯でも骨格が崩れない。白鷹はとっても美味しいお酒です。これからの季節、ぜひ燗映えをお試しください。口の中で華が開く感じを体験できますよ。そのときのアテは何にしましょうか?

 

 

Book & Bar 余白  根井浩一

 

※)文章中、お店の名前は敬称を略させていただきました。

関連記事

三蔵法師の旅 ~平成西遊記~ ⑬ (最終回)

第二十三号(2021年07月)

三蔵法師の旅 ~平成西遊記~ ⑫

第二十二号 (2021年07月)

ジンのはなし

第二十一号(2021年06月)

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)