『Bar 鎹』
■バーテンダー、板橋凜
凜さんの故郷は福島県会津若松市。父親は現在も和食の料理人、旅館の板長をしている。そんな父親を身近にしていれば料理に興味を持つのは自然だった。しかし学校を出ても簡単に料理人の就職口はなく、東京に出て専門学校に通った。コーヒーの道に進もうと思ったのはそのときだった。上京したての日、渋谷のイタリアン・バールでプロの仕事を目撃した。エスプレッソ・コーヒーをまるでバーテンダーのような手つきで提供してくれるスタイリッシュな店だった。その出会いは衝撃だった。バリスタへの道。彼はコーヒーのコンテスト「ジャパン・ハンドドリップ・チャンピオンシップ2018」において関東予選を勝ち抜き全国最終順位堂々の4位になった。コーヒー愛がハンパない。
数年が経ち、バーでコーヒーを使ったカクテルをだす店を探すことにした。ある日、雑誌『BRUTUS』の特集「20年通えるバー」の中にコーヒー・カクテルをメニューに持つ<BAR鎹>を見つけ、すぐに扉を叩いた。当時、コーヒー・カクテルは先輩バーテンダーのYさんがやっていた。一発で<BAR 鎹>に惚れてしまった。「ところで初めて<鎹>に来た時に飲んだお酒は何ですか?」と尋ねると、「兄に付き合ってもらい、意を決してお伺いしたんですけど、思わずオーダーしたのはイチゴのカクテルだったんですよね」と笑う。そのときはスタッフを募集していなかったが、Yさんからオーナーに話をつなげてもらい、初訪問から1年後、ついに<BAR 鎹>のカウンターに凜さんは立った。そして先輩のYさんから、コーヒーとお酒の合わせ方などをみっちり教えてもらった。
■譲れないこと。そしてお客様のために。
「この店ではコーヒーや旬のフルーツを使ったカクテルを目当てに来られるお客さんが多いです。コーヒー系ではエスプレッソ・マティーニやブラック・ルシアン・ロック・スタイル、また自家製コーヒーウォッカを使ったカクテルなどをお出ししています。この分野では他所の店には負けないぞ、という気持ちでやってます。」と凜さんは言う。自分の中で100点を目指して今日もお酒をつくる。スマートに美しく。お客さんの心地よさに貢献できる所作を追求して。「BARは安らぎ(オフ)の場所。日常生活のオンの場所から、オフの場所へ。是非<BAR 鎹>にお酒を楽しみにきて欲しいです。『コーヒー・カクテルを飲みに来ましたよ』の声をたくさん聞きたい。」と凜さんは背筋を伸ばす。もちろん、季節のフルーツを使ったカクテルはお勧めだ。今だと、無花果、巨峰、和なし、カボスなどなど。実は昨夜、私はここのカウンターに坐り、カルダモンを仕込んだジンに和なしを合わせたカクテル、アブサンとジンにグレープフルーツを加えたカクテルをいただいた。ちょっと気障な言い方だけど、こんな至福の時間を知る人間という生き物は悲しいとさえ思った。
ところで凜さんはコミックを読み、アニメを観るのが趣味だそう。ジャンルは幅広い。スポ根、恋愛もの、少女戦士が主人公のセカイ系まで何でも。凜さんはお店から歩いて15分くらいの町から通っている。出勤前にはメトロ神楽坂駅近くの<かもめブックス>のウィークエンダーズコーヒーで一息入れるのが日課。「コーヒーは美味しいし、好きなコミックや本もいっぱいあるし、素敵なひとときです。」充電(インプット)は大事だ。
■神楽坂のイメージ
神楽坂という土地柄、年齢層が高い店も少なくない。一方で若者が集まるお店もあって、思いの外ばらけている。「最近は若い人が増えましたね。いろいろな年齢、職種、業種の方々とお喋りさせていただき、日々勉強です。たしかに僕年代の若者にとっては少し敷居が高く感じるかもしれないけど、20代前半のバーテンダーもいるということを知ってもらって、遠慮せず来てもらいたいですね。」
凜さんはときどき会津に帰る。実家から北の方角に鶴ヶ城が見える。2013年、NHK大河ドラマ『八重の桜』の舞台になった鶴ヶ城。会津若松市のシンボルであるだけでなく、福島県を代表する名所である。白壁と赤瓦のコントラストが美しい。桜、新緑、紅葉、雪化粧とすべての四季に見事なお城。そして神楽坂の<BAR 鎹>。このバーの若きバーテンダーが作るシーズンの果実に彩られたカクテルや、技ありのコーヒー・カクテルは今宵、神楽坂に足を運ぶお客をめくるめく世界に誘ってくれることだろう。
<Bar 鎹>
162-0825 新宿区神楽坂3-6 The Room 5F
Tel 6280-8468
月 ~ 土 19:00 ~ 翌3:00
日 16:00 ~ 23:00
火 定休日
charge 1,000円
喫煙可 WIFI環境あり
読者コメント