『Bar 鎹』
■〝鎹〟 さて、なんて読むでしょう?
古典落語の一つに「子は鎹(かすがい)」という演目がある。主題は子別れ。人情噺の大ネタである。大喧嘩の末別れた夫婦だが、女房に連れられていった息子が数年を経たのちに夫婦の仲を元に戻す役を果たす。うまく言葉を切り出せないでいる二人に息子が言う。「仲良くなりたいんだろう? また一緒に暮らそうよ。」 店の名はこの「子は鎹」に因んでいる。お客と店をつなげることができればとの思いだ。「鎹(かすがい)」とは「二つの材木をつなぎとめるために打ち込むコの字型のくぎ」のこと(岩波・国語辞典)。さきの落語に登場する旦那は腕のいい大工である。シャレが利いている。
■お客さんとお店をつなげるもの
この両者をつなげる大きな役目を担っているのがバーテンダーの板橋凜さん、23歳だ。若い! 神楽坂のバーテンダーさんではダントツに若いのではないだろうか。2015年2月に<鎹>がオープンしてより2代目のバーテンダーである。眼鏡がよく似合うイケメン。どこか少年ぽさを残しつつ、シュッとした端正な顔立ち。彼の作るコーヒー・カクテルやフルーツ・カクテルを目当てにお客が通う。「空いた時間は許す限りカクテルを作って、しつこく出来を確かめます。ギムレット、ダイキリ、ジン・フィズ…。神楽坂の先輩バーテンダーの方がお店に来られると緊張します、とても。」と言いながら、先輩からのアドバイスに耳を傾け日々精進、凜さんの進化は著しい。「僕の年齢に近い20代のお客さんが増えました。」彼はお店に若いお客をいざなう“鎹”にもなっている。
お客と店をつなげるもの、その二つ目はお店が纏うオーラだ。洒脱なバーカウンター、時代を感じさせる調度品。ウイスキーボトルの並びに大判画集がさりげなく飾られ、3箇所の本棚には単行本や文庫本。そして目を引くのは80センチ四方の額に入った豪快な「書」だ。店の入り口と、バーカウンターのつき当たりの2か所に掛けられている。そこには力強く「鎹」の一文字。2枚の「書」は店の空気をキリッとしめている。バーテンダーの板橋凜さんが柔らかい“凜”ならば、「書」から受けるものは硬派な“凜”だ。たしかにここは書斎を連想させる。かつて旧家に設えてあったというレトロな大時計もこの空間にしっくりくる。美術本、本棚、書、大時計、そうしてそこに凜と言う名のバーテンダー。壮大なジクソーパズルは隙間のない一枚絵になっている。
■心地よい書斎へようこそ
<BAR鎹>のオーナーはグラフィック・デザイナーのKさん。大手出版社の週刊誌の装丁などを手掛けられてきた。特徴的なお店のロゴもオーナーの事務所の手による。「鎹」の漢字一文字のロゴはその文字自身を意匠化している。お店の魂が宿った力強いロゴだ。
そしてお店の蔵書について。美術書、写真集などアート関係の本はオーナーのKさんが、落語、演劇などは初代バーテンダーのYさん(昨年春に独立され、同じ神楽坂で<BAR燐光>を開いている)が、小説、コミックは若き凜さんのテイストだ。三方向から集まった本たちがセッションしている。麦焼酎の「いいちこ」(三和酒類株式会社)が制作元の写真集(市販されていない)をみつけた。イマジネーションが広がっていく。
→ 次回はバーテンダー板橋凜に迫ります。
<Bar 鎹>
162-0825 新宿区神楽坂3-6 The Room 5F
Tel 6280-8468
月 ~ 土 19:00 ~ 翌3:00
日 16:00 ~ 23:00
火 定休日
charge 1,000円
喫煙可 WIFI環境あり
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