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中島らもと酒の流儀

2020年09月23日 22:58 by kneisan2011

私が昔勤めていた出版社のS社長(当時)は本と酒と山が大好きな人だった。(いや、故人ではありません) S氏の寝床の枕元には扇型に読みさしの本が並べられていて、手を伸ばせばいつでも届くようになっているとのことだった。ある日会社で私のデスクに社長がふらりとやってきて本の話から酒の話になった。(勤務中に酒の話をしようが、映画の話をしようが、漫画の話をしようが、出版社は自由なのです) 「N君、『今夜、すべてのバーで』はぼくの座右の書なんだ」と社長は言った。「え、破滅的に酒を飲む中島らもさんの自伝的小説ですよね。やばくないですか。」と私は一寸吃驚して目を瞠った。

『今夜、すべてのバーで』(中島らも著)は、1991年に刊行された。アルコールに憑依されてしまった男の生々しい体験(現実生活と幻覚的世界が日常に同居する)をベースに書かれた中島らもの代表作だ。物語中の主人公・小島容は著者自身である。中島らもは、小説家、劇作家、エッセイスト、放送作家、ラジオパーソナリティでミュージシャン。天才といわれた。個人的には1200字~4000字程度のエッセイに心を揺さぶられることが多かった。いや、ぶっとんだ。2004年7月に神戸でライブ演奏後酒を飲み、飲み屋の階段から転落して頭部を強打し命を落としたとき、らもさん52歳。『今夜、すべてのバーで』は38歳のときに書かれた。

「今宵、神楽坂」に来る人はバーや酒場が好きで、お酒が好きで、その雰囲気を愛して足を運んでいると思う。酒なら何でもよくて、量が多い方がよくて、食べなくてもよくて、別段お店でなくてもいい、という人はわざわざバーなどに足を運ばないだろう。連続飲酒という定義がある。普通にお酒を飲んでいた人間がある日一線を超えて朝晩1~2週間飲み続けてしまう状態だ。らもさんは18歳くらいから酒を大量に飲みを始め、ウイスキーなら一本くらい飲んでもシャンとしていたという。それを10数年間同じペースで続けたのだ。

このコラムで破滅的に酒を飲む話をしても、あまり共感は得られないかもしれない。だけどもう少し。中島らもは何故クスリや酒を飲みたかったのか尋ねられ、「酒は気持ちいいから。それだけの話。睡眠薬の場合もあるし、酒オンリーもある。原理は一緒。気持ちいいから。」と言っている。お酒がご飯、クスリがオカズの食生活。彼は多いとき月に40本もの小説・エッセイの連載を抱えていた。締め切りに追われ相当な高ストレスに苛まれていたことは想像できる。アルコールは自分のガソリン。原稿を書き出せたら一杯、また一杯、二杯が三杯四杯になっていき、気がついたら朝の10時だったと述懐している。飲んでは考え、飲んでは考え、それでも何も考えは浮かんでこない。食べず、眠らず、一行書くと一口飲んでを繰り返す。そうして中島らもはアルコール性肝炎(奇跡的に肝硬変に至らなかった)になり30代半ばで斃れこむように病院の扉を叩いた。それから50日間の入院体験をもとにして書かれた作品が『今夜、すべてのバーで』だった。しかしこの洒落たタイトルからは、素敵な夜の時間をバーカウンターでまったりと過ごしている絵を想像してしまう。らもさん、タイトルに偽りありじゃないですか。アルコール中毒者の手記だなんて酷いな。ちょっと「異議あり」ですよ。

中島らもはこんな言葉を残している。

「酒の味を食事とともに楽しみ、精神のほどよいほぐれ具合を良しとする人にアル中は少ない。そういう人たちは酒を『好き』ではあるけれど、アル中には滅多にならない。アル中になるのは酒を『道具』と考える人間だ。」

「酒はいいやつだ。酒自体には罪はない。」

この言葉の中に中島らもと酒との関係を感じる。すなわち「流儀」を。

 

というわけで、バーに集う皆さんはウイスキーやジンのソーダを、ましてや美味いカクテルをついぞガソリンだと思ってお飲みになりませぬよう。 それにしてもS社長は何故この小説を座右の書にしているのだろう。機会があったら真意を聞いてみたいと思う。

 

文中の多くの部分で敬称を略させていただきました。

 

Book & Bar 余白  根井浩一

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